01 a highway hymn

ぼくたちの「さよならするためだけのデート」は、金曜日の夜10時から始まった。

クルマの窓の外に見える景色が、ぶちまけられた濃厚な墨汁がどろりと流れ出しているように見えるのは、夏の湿度のせいないのか、それとも自分はクルマを運転しないで助手席に座り、今日はじめて出会ったキミがハンドルを握っているからなのかはわからなかったけど、それは日常とは明らかに異なる、とても不思議な空間と時間だった。

「どこまで走ろう?」

「じゃあ乗る?」って夜の都会の幹線道路の歩道の上でキミがぼくにそう聞いて、それからしばらくのやりとりの後、軽やかにクルマがアスファルトの上を滑り出してから随分たって、やっとキミはこれからぼくたちが辿り着く目的地をぼくに確認した。

「うん、どこでもないどこか?」

質問したキミはぼくの返事を待たずに、先に自分でそう答えた。

「どこでも。どこでもきっと、どこかになる」

ぼくの口からそう言葉が漏れる。

キミといられるなら、どこでもぼくの望んだ場所になる、そう思ったから。

再び、沈黙。

不快ではない。

かといって、快いわけでもない。

ナチュラルな、中立的な平和な気分。

その沈黙の中、緩やかな時間と、夜の高速道路の景色が絡みつき、折り重なる。

僅かな振動を伴うクルマのエンジンノイズと、車体の表面を撫でる空気が折り重なる乱気流の音。そして、車内に響くキミの微かな呼吸の音が、変則的な和音のように混ざり合い鳴り響いている。

時間は、深夜2時。

ぼくはずっと助手席から運転席に座るキミの横顔を眺めていた。

キミはそんなぼくの不躾な態度に嫌な顔をするわけでなく、じっと自分の横顔を見つめられることを受けれてくれている。

そしてぼくは、無意識のうちに左手の中指で自分の左足の太股に、君のとても美しい横顔のシルエットを何度も何度も繰り返し描いていた。

なにを感じて、何を望んでいるのか?

自分の心の有り様を、ひと言で表現するのはとても難しかった。

キミとの関係や、キミへの感情や、キミとの未来はなにひとつわからない。

不安も、期待も、そこにはなく、ただ、キミがそこにいるという事実だけに、ぼくの心は満たされていた。

キミが隣にいて、クルマという閉鎖された空間に閉じ込められていて、そして同じ空気を共に吸い、何もしゃべらず、ただ時間を共有するという行為は、だらしのないセックスよりもずっと穏やかで、幸福だった。

幸福な沈黙を破ったのは、素っ頓狂な君の声。

「ピッピー!」

唐突にキミはやや乱暴にハンドルを切り、車線の左側にクルマを移す。

そしてゆっくりぼくたちの乗るクルマはパーキングエリアのランウェイに吸い込まれ、たくさんのトラックに占拠されている駐車エリアの一角にするりと収まり、停まった。

キミの左手がイグニッションキーをオフにするとクルマのエンジンが完全に停止する。

アルミブロックのエンジンが冷えるキンキンという微かなノイズと、温かなキミの呼吸を除くすべての音が消え、急激に世界は沈黙に包まれる。

キミはスローモーションの流れるような動作で運転席のドアを開け、黒いストッキングに包まれた両足を地面にトンと降ろし、生暖かい風が吹く闇夜のパーキングに降り立った。

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