03 あの人とキミ

「オレンジジュース飲みたい」

夜明け前の国道の片道一車線の路側帯の横に薄暗く光る自販機を見つけたキミは、クルマを停めてボクの方を見ることなく真っ直ぐそ正面の暗くて細い道路の先を向いたままそうつぶやいた。

「わかった」

ぼくはポケットをまさぐり小銭を確認してからクルマのドアを開け、ボンネットの向こうを回り込んで歩道を横切り、自販機の前に立つ。

ポケットから160円分の硬貨を取り出し、それを自販機のスロットに入れたとき、小銭の入っていたポケットの反対側に入れてあったケータイのバイブがブルブルと振動した。

メッセンジャーアプリのバイブパターン。

誰だろうこんな時間に。

近頃ではめっきり深夜に誰かと連絡を取るなんて習慣はなくなってしまっていたのに。

キミと会っている間は他の誰かと連絡を取らないつもりだったけど、なぜかどうしても気になりポケットからケータイを取り出した。

そこには、「あの人」の名前が液晶に表示されていた。

ぼくが絶望的な困難に直面していたときに、ミニブログで突然ぼくをフォローしてきて、しかもその人のフォローしている相手はぼくだけで、一体誰だろうと重いながらも軽く挨拶をしたら、そこから何日間かとても親密にやりとりをして、でも10日ほどして突然いなくなったあの人。

なぜそんな急に面倒なタイミングで知らない人とやりとりしたかと言えば、それはぼくがその人を、あの子、つまり、そのややこしい状況をつくった張本人と勘違いしたのがはじまりだった。

それは誤解だったことはうすうす感じていたのだが、突然連絡を絶ってしまってそれからなにも伝えられなかったあいつの代わりに、ぼくのなかのあいつへの残り火の想いの言葉を、その人は相づちをうちながら受け止めてくれた。

もしあの人がいなかったら。

あいつを失ってどうしたらいいかわからなかったあの時のぼくは、自らの中に残っていた激しい想いという炎に焼かれ、消え去ってしまっていたかもしれない。

だからぼくにとって、あの人は命の恩人と言っても過言じゃない。

だから。

さて、どうしよう。

キミがいるときに、違う女性とメッセージをやりとりするのは、何となく気がひける。

ぼくはクルマの運転席でのびをしているキミを横目でちらりと見た。

どうしてもその数ヶ月ぶりのメッセージは無視できなかったから。

メッセージを開く。

「お久しぶり!どう、元気になった?」

返事をしようかどうしよう。

ぼくがもう一度クルマの中のキミを確認すると、キミはケータイを手になにやら画面を操作している。

運転席に座るキミの横顔をケータイの画面の明かりが仄かに照らしていた。

少しくらいなら返事しても平気かな。そう考えてぼくはその人からのメッセージに返信する。

「いろいろ、整理できた。あなたのおかげだ。間違えて、良かった(笑)。感謝している、ありがとう」

送信ボタンを押して返信を完了。

これで、とりあえずの礼儀は果たしたはずだ。

君と別れて落ち着いたらまた連絡してみよう。

そう考えて急いでクルマに戻ろうとしたら、すぐにまたバイブ。

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