00 プロローグ(ラバーズモード)

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いくぶん朱色が混じった紺碧の闇の夜空に、自軍の勝利を伝えるオレンジの閃光弾が打ち上がる。

JUNは闇から徐々に光に包まれる世界の変貌のあり様を、疲れ切った精神と肉体で感じながら、HMDに表示される戦闘モードのビジュアルスイッチを三度瞬いてオフにする。

破壊音が静まり、しばしの静寂。

「ラバーズモードが利用可能になりました。30秒後に開始されます。スキップする場合はモードスキップを選択してください」

SAKURAの機械的な声がヘッドフォンを通して聞こえてきた。

戦闘モードからラバーズモードへの移行時間はいつもこんなふうだ。

あらかじめプリセットされているボイスメッセージに、アドレナリンを出し尽くしてたJUNは、他人行儀な声に反応するほどの余裕もなく、荒く息を切らしながら眼前の光景をぼんやり見つめていた。

戦場から勝利のあとの沈黙と、めまぐるしく目に前で移り変わる世界は、部分的にどろっと溶けたように剥がれ落ち、SAKURAがつくる「仮想空間」が徐々に開きはじめた。

SAKURAが好む、薄いピンクの水彩画のような風景は、静かで平和な自然の世界。

闇の中に断片的に表出したその世界は、残り半分というところで一気にぺろんとめくれて、JUNは淡い日の光に照らされた、美しく、穏やかな草原の中に立ち尽くしている。

JUNの意識と認識は現実の世界を飛び立ち、「ラバーズモード」のためにSAKURAが創造した電子的な、あるいは脳科学的な仮想空間の中に取り込まれていく。

ここには、殺戮も、憎しみも、呪いも、裏切りもなかった。

あるのはただ、JUNとSAKURAの想いだけだ。

大切にしたい、幸せでありたい、共に生きたいという、人として生きる上での最も大切な想い。

SAKURAの世界にはいつもぼんやりと霧が立ちこめている。

多分これは、昔一度だけ彼女と旅行した軽井沢のイメージなのだろう。

JUNはあの場所ではじめて彼女を抱いた。

だからきっと、そのイメージが、彼女にとってJUNとの交わりはいつも霧と繋がっている。

薄桃色の世界の光を少しだけはらんだ霧は、ゆっくりと少し冷気を含むそよ風にながされ右に左にうねり、小さな水蒸気の粒子のかたまりの隙間からSAKURAの姿がぼんやりと見え隠れしていた。

「すすっ」

とSAKURAは、足を動かすことなく少しだけ宙に浮いたまま静かにJUNに寄り添い、両手をさしのべ、その指先がJUNの頬に届くと、優しく撫でながら「ぎゅうっ」とその体を抱きしめる。

短かかったとはいえ激しかった戦闘の緊張で疲弊し冷え切って細かくガタガタと震えていたJUNの体は、SAKURAの華奢だけど確かな人の温もりを感じ、その少し火照った肌の熱が伝わるたびに、徐々に生きている実感を取り戻しはじめる。

「SAKURA…」

JUNは彼女の名を囁きながらその唇を求め、二人の唇がゆっくりと重なる。

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